共に生きる ~金子みすずの詩に寄せて~

11月6日(日)だんだんチャリティーコンサートに参加させていただき、ありがとうございました。園長をはじめ園児さん、職員一同心より感謝しております。

私はこのコンサートの最中に頭の中にこんな詩(うた)が浮かびました。

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を早くは走れない。

私が体をゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私。
みんな違って、みんないい。

くたに幼稚園の年長児は今日の日をとても楽しみにしていました。くたに幼稚園に入園した頃から、お兄さんお姉さんが踊るソーラン節に憧れ、今年度、いざ、自分達が憧れのソーラン節を踊るんだ!という夢と期待に胸を膨らませていたのです。そして、大勢の人の前で披露できる喜び、3年または4年間共に過ごしてきた友達と一緒に心を合わせて踊ることの充実感、達成感を運動会やイベントと数々の場で体験してきました。そんな自信を胸に「今日は、僕達がお客さんにパワーを分けてあげよう。」と、とてもとても張り切って幼稚園を出発しました。会場に到着し、リハーサルを終えて、くたに幼稚園伝統のソーラン節の衣裳に着替えました。黒いはっぴに赤い‘くたに’の文字。そして黄色いはちまきをまき、女の子は可愛らしくお化粧をしました。まず初めに発表するハンドベルを手に持ち、自分達の出番を舞台そでで待っていると、その横を手をひかれて歩いていく人、車いすに乗っている人。そして舞台からきれいな唄声が聞こえてきました。子どもさん達は、くたに幼稚園のお約束の一つである人の邪魔をしないということを守り、静かに待っていました。そんな時周りを通り過ぎる人を見て、周りの音を聞いてどんなことを感じていたのでしょう。

私は、今回、障害のある方のコンサートと聞いていましたので、どのようなものなのか興味と共に不安もありました。しかし、視覚に障害がある分耳で注意深く音を拾い素晴らしい声を発し、そして心の合った唄声がとても調和して聞こえました。足に障害がある分、腕の筋肉はとても発達していて車いすをスイスイと操作しておられました。私達も、苦手なことやできないこと、得意なことがあるように障害も一つの長所であり、よいところなのかな、みんな違ってみんないいところがあるんだな・・・と。ふと金子みすずさんの『私と小鳥と鈴と』という詩を思い出したのです。

くたに幼稚園の子どもさんの出番になり、周りの方達に「頑張ってね。」「かわいいね。」「おりこうさんだね。」とたくさん声をかけていただきました。子どもさん達はそんな声援を自信に変え堂々と舞台に立ちました。『もみじ』と『上を向いて歩こう』という曲のメロディにのせ、目で保育者をよく見て、耳でお友達の音をよく聞いて奏でることができました。途中、ハンドベルの準備の際、ベルが迷子になり大変お待たせしてしまいましたことを心よりお詫び申し上げます。子どもさんよりもハンドベルのほうが緊張していたのかもしれません。

ハンドベルの演奏、そして精一杯踊ったソーラン節。どちらも終わった後にはまた、温かい拍手と「上手だね。」「素晴らしいね。」と笑顔で声をかけて下さり、子どもさん達の励みになりました。それを見て私達保育者もとても嬉しく思えました。

視覚に障害をもたれる方の「先生達はどんな服を着ている?足の先から頭の上まで教えて。」というつぶやきも聞こえてきました。私達や子どもさん達にとても関心を抱いて下さいました。幼稚園に帰ってから子どもさん達に感想を聞いてみると、障害を持っている方を見て「かわいそう。」と思ったお友達もたくさんいました。しかし、5歳児にとってこの気持ちは決して憐れみや蔑みではありません。見たまま、感じたままの素直な気持ちなのです。「大丈夫かな?」「心配だな。」という5歳児なりの優しさの表れなのです。障害を持つ方のつぶやきや子どもさん達の感想を聞き、お互いお互いに興味・関心をもち、歩み寄ろうとしている・・・これが、今回のだんだんチャリティーコンサートの目的である共に歩き、共に笑い、共に生きるということなのかなと感じました。

今回、子どもさんと一緒に社会に生きる一員として、いろんな人がいること。お互い支え合いながら生きること。たくさんのことを学ばせていただきました。本当に本当にありがとうございました。また、テレビでよくお見かけする有名ならくさぶろう様司会のもと、くたに幼稚園の発表を盛り上げていただきましたこと、心よりお礼申し上げます。
最後になりましたが、翌日、匿名ではありましたが、「私は目が見えないのですが、くたに幼稚園の子どもさんがとても素晴らしかった。褒めてあげてください。」というお電話をいただきました。この言葉に子どもさん達の嬉しさも倍増し今日も元気に運動場で走り回っています。

※障害を持つ方につきましては、多々心苦しい表現があると思いますが、思ったことをまとめさせていただきました。失礼をお許し下さい。




11/12/22
だんだんチャリティーコンサートに重ねて

コンサート当日、私は舞台裏で準備をしておりましたので直接客席の方たちの声や反応は伺えませんでしたが、ソーラン節を無事終えて片付けをしていた時に、楽屋から出て来られた方たちの会話が耳に入ってきました。

「誰が発表したん?お客さんが違うんよ。」『幼稚園の子らよ!』「ほぉ。どんな衣装?」『黄色のハチマキに黒いハッピじゃろか。黒いピタッとしたズボンはいとる。旗も通ったわい。』「旗?どんなん?」『大漁旗よ!それを笹にくくりつけとらい!』「へぇ、そりゃすごい。衣装もカッコええがね!」

質問されていたのは目が不便な方で、様子を中継されていたのは、お手伝いの方でした。

会話の内容から、「お客さんが違う」とは、会場から聴こえてくる歓声や拍手が一段と盛り上がり、伝わる空気が初めとは全然違う・・・からだとおっしゃっていました。視覚に不便が生じるのは、生まれつき、もしくは生まれてからの病気や事故によるものだと思います。
私はただ純粋にこの方の感じたイメージや色が知りたいと思いました。もし生まれながらに視力が弱かったとすれば、この方にとって色や衣装はどう表現されているんだろうか、何が頭に浮かんでいるんだろうか・・・。後天性であれば色やデザインなどのイメージは頭が覚えているでしょう。しかし先天性であれば、色、形、大きさはどう映るんだろうと思ったのです。

以前、園長の友人が、心で見る・心で見えるとおっしゃっていましたが、心で見たこの世界は私には表現が難しいですが、きっと澄んで見えるに違いないと想像しました。

今回、このコンサートに参加させていただき、過去の体験や感情が鮮明に甦りました。大学時代の友人です。彼女は何度も聞き返したり、繰り返したり、ちゃんと聞いているの?と思う事が多く、さらにはいつも人の会話に入って来ては流れを止め・・・他の人と話していても内容を聞かれたり、講義に集中していてもノートをのぞきこんだり、筆談で気が散ったり。私たちは次第にそれを不快に感じるようになり避けるようになりました。ある時、彼女が講義を前に講壇に立っていました。学生とは違う雰囲気の方と一緒でした。緊張した表情で、ゆっくり話し始めました。自分が聴覚障害者である事、学校に交渉して手話通訳者をつけてもらた事、その事でみんなには迷惑をかけるかもしれないが理解してほしい事。私たちは彼女が耳が不自由な事に気付きませんでした。
聞き取りにくい言葉も、彼女の個性だと思いその事については気になりませんでしたが、その時初めて必死で話していたという努力を知り、涙で前が見えなくなったのを今でもはっきり覚えています。
障害があるとか、偏見とかで彼女を特別扱いしたのではありませんが、知らなかったとはいえそれは同じです。
自分が聴覚障害者だと知られる事で、友達がいなくなるのが怖かった、でもそれを知ってもらうことでもっと理解してほしかった・・・心に深く刺さりました。それ以来私の考えや、態度は大きく変わりました。頭で分かっているのではなく、心の行動で向き合うようになりました。

卒業後、似たような環境の中でたくさんの方の思いや悩み、不安や希望を共有できる仕事に就きましたが、現在は縁あって保育の道を歩んでいます。
私が初めて年中児の担任になった時、世の中は国際社会のハシリでもっと英語を身に付けましょうという風潮にありました。
世界中の人たちとコミュニケーションがとれる事も大事ですが、私はまず同じ日本人であるいろんな人たちと話しをしてほしい、仲間だと感じてほしい・・・と歌に手話を取り入れました。身近な所から馴染んで親しんでいける、それを家庭に持ち帰り家族に伝え、一人でも多くの人に関心や理解が広がればという思いがありました受け持った子どもさんたちは私の説明をしっかり受け止め手話が会話の一つである事を知りました。

今回のコンサートは幼少期の子どもさんたちにとって「共に生きる」事の大切さや意味を直接肌で感じられる貴重な場となりました。
小さな芽がたくさんの花を咲かせるようこれからも心に豊かさと愛情を持って教育に携わっていきます。交流の場を与えていただいた事、感謝申し上げます。
ありがとうございました。




11/12/22